KENICHI プロフィール

KENICHI (本名・石田憲一)
アクション・ナビゲーター
及びウェブサイト ”ロック・アクショズ” ディレクター
1965年生まれ
身長178cm
体重68kg
出身地 : 東京
代表作:
■ 紅い愛の伝説/浪漫殺手自由人 Killer's Romance
■ 緝毒先鋒 (日本未公開) Drugs Fighters
■ 目中無人 (日本未公開) Final Run(Kickboxer) /以上香港映画
KENICHIのアクション・プロフィール 【ショート・バージョン】
≪スタート≫
1985年、アッシュ・プロモーションが主催した伝説のグループ、
アッシュ・アクションズ第一期生オーディションに特待生として合格。
ここから、アクション・ライフをスタートしました。
アッシュ・プロモーションは、社長の斉藤一之さん※をはじめ、
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※ 斉藤一之・・・元JACアクション・コーディネーター(殺陣師)として、日本の空手アクション・ブームを築き上げた中心人物。
代表作:吼えろ鉄拳、龍の忍者、カンフーチェン (以上アクション・コーディネート)他多数。
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先輩には、
・大島由加里さん
(香港で最も成功した日本人女優。 シンシア・ラスターとしても活動。
代表作:上海エクスプレス他多数)
・早瀬重希さん
(日本初のアクション技術書、「アクション・バイブル」著者。現在アクション監督)
・ヒロ飛鳥さん
(=ヒロ渡邉として、現在ジークンドー・ジャパン代表)
という方々がいらっしゃいました。
このような実力者に囲まれた環境で、日本一ハードな養成を受け、生き残ることができたのです。
養成中より、事務所の全方位外交により、映画、テレビから、商業演劇、子供ショーまで、ほとんどの主要なアクション系事務所の現場に参加させていただきました。
この経験から、かなり早い時期にアクションの最大公約数的本質を掴めたことは、ラッキーだったと思います。それも、こういった環境(=高いレベルのハードな練習と、全方位外交) でなければ不可能だったでしょう。
もちろん現場で運良く出会うことができた、それまでのアクションブームを作り、支えてきた諸先輩方にも感謝したいです。
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この時期にお世話になった先輩の筆頭は、矢車武さん※です。
矢車さんとは、子供ショーの現場で初めてお目にかかりました。日本のアクションのあらゆる現場で、あらゆる仕事をされてきた、まさにアクションの達人です。特に立ち回りの切れは天下一品。私も立ち回り極意の一端を教わりました。矢車さんと手を合わせることで得た経験は、何物にも変えることはできません。
※ 矢車武・・・アクション業界のありとあらゆる団体を渡り歩き、オールラウンドに仕事をこなすアクションの達人にして、スーパースタントマン。
代表作:怪傑ズバットの中身、小林旭の吹き替え(立ち回り・スタント)、ウルトラマンガイア殺陣師、など多岐にわたる。
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≪香港≫
その後、大島由加里さんの香港映画界での成功により、そのサポートを受け香港映画にデビューを果たすことができました。

(↑これは、映画「自由人」の英語圏の映画バイヤー向けパンフレットですね。
中央アップが主演のサイモン・ヤムさん、右側で日本刀を持ち、額を打ち抜かれているのがKENICHIです。 ちょっと小さいですが、中央左のハイキックも私です。その下が、監督のフィリップ・コーさん。 中央に立っているスーツ姿の人が、鹿村泰祥さん。)
香港では、
高飛 /フィリップ・コー
鄒兆龍(倪星)/コリン・チョウ
任達華 /サイモン・ヤム
王祖賢 /ジョイ・ウォン
元華 /ユン・ワー
林威 /ラム・ウェイ
梁家仁 /レオン・カーヤン
廬恵光/ケン・ロー
呉鎮宇/フランシス・ン
沈威 /ワイ・シュン
鹿村泰祥
(敬称略)
・・・他、多数の方々と共演する機会に恵まれました。
また香港では、日本で掴んだアクションの本質が通用する(共通する)ことを確認できたのです。
これは貴重な経験であり、また最大の収穫だったと思います。
(ただし、写真とか資料があまりないのが残念ですね。ここに出したもの以外、アクションをやっている写真は、ほとんどないんです。)

(↑これは、いわゆるロビーカードってやつです。作品は上と同様「自由人」。右側の連続写真でやられているのがKENICHIです。左手前のサングラス姿が、監督のフィリップ・コーさんですね。)
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この時期にお世話になった先輩は、高飛さんと、鹿村泰祥さん※です。
高飛さんは私が出演した作品の監督として、鹿村さんはアクション監督として、ご一緒させていただき、香港アクションのエッセンスをたっぷりと学ばせてもらいました。 特に鹿村さんとは、ロンドン・ロケの30日間、ホテルの同室でしたから、その間、日本と香港のアクションや映画について、貴重な話を聞かせて頂くことができました。
※ 鹿村泰祥・・・日本の湯浅剣友会からそのキャリアをスタート。その後、ジミー・ウォングについて出演、殺陣師などをこなす。さらに監督、プロデューサーと活躍の場を広げた。香港映画界で最も成功した日本人の一人。
代表作:怒れるドラゴン不死身の四天王、ゴッドギャンブラー、他多数。日本の作品では、千葉真一主演の激殺邪道拳(殺陣師・出演)などがある。
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(↑最後に、これは「緝毒先鋒」のポスターから切り抜きました。左側のキックがKENICHIです。それを受けているのが、大島由加里さん。一番右が、ちょっと暗いですが、ケン・ローさん。その左が御存知!ユン・ワーさんです。こうしてみると、豪華キャストですね。)
≪その後≫
帰国後は、日本で事務所の仕事を手伝いながら、
● 映画研究
● 舞台芸術研究
● アクション理論の研究
に取り組みました。
それは、アクション表現の頂点である香港アクションを経験したことで、アクションの足りないところがわかったからです。他にも映画や舞台だけでなく、芸術、ショービジネス、スポーツに関する書籍も、かなり読み込みました。
その過程で、アクション業界の理想と現実のギャップに悩み、いったんはアクションをやめ俳優に徹する覚悟を決めたこともあります。
しかし、自分自身の
真にやりたいこと = 俳優として売れること
ではなく、
自分自身の
真にやりたいこと=アクション
であることを再認識し、理想のアクション実現のために、新たなる活動を決意したのです。
そして芸能界からセミリタイア状態となり、以後研究実践活動に身を投じてきました。
それ以降は、
● 仲間とHETERODOXという団体を設立し、新しいアクション表現を追求するが、本格始動直前で崩壊。
● 心機一転して、一般の人を新メンバーとして育成。アマチュア・アクションの実験を開始する。
● 実験の最終段階として、ライブ・パフォーマンスを実施、成果を収める。
● この時にユニットとして、ロック・アクションズ結成。同時にブログをスタート。
● ライブ・パフォーマンス終了後、メンバーの脱退とともに、HETERODOXは実質的に活動停止となった。
● ロック・アクションズのブログは継続。そこで徐々にアクション理論などを発表。
このように紆余曲折を経て、現在はアクション・ナビゲーター KENICHIとして、WEBを中心にアクションの魅力を広めることに力を注いでいます。
もちろんこれだけではないのですが。
それ以外の活動も準備していますが、まだ秘密です(笑)。もちろん本名での活動も辞めたわけではありません!
